ハンク・アーロン氏が死去 バイデン大統領からも追悼声明「正義のため恐れず誇りを持ち、模範を示した。」

タグ: , , 2021/1/24

 世界の野球関係者から、最もリスペクトされた一人と言い切っても過言ではない。メジャーリーグ歴代2位の755本塁打の記録を残したハンク・アーロンさんが22日(日本時間23日)に死去した。86歳だった。

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 「静かなる男」と呼ばれた。性格は実直で誠実。1m83、81kgの体躯は、メジャーリーガーの中では目立たない方だ。派手な言動は好まず。所属したチームがブレーブスで、本拠地はミルウォーキーと、後に移転してアトランタという中都市だったため、現役時代に脚光を浴びるのは遅かった。ウィリー・メイズの660本塁打の記録に迫り出した頃から、ようやく注目を集めるようになった。

 南部アラバマ州で生まれ、ニグロリーグ(黒人リーグ)を経て1954年にメジャーデビューした。当時の米国には人種差別という大きな壁が立ちはだかっていた。モハメド・アリや、球界の先駆者であるジャッキー・ロビンソンは、そんな差別を反骨心に変えて、大きく声を上げて立ち向かっていった。アーロンさんは違った。不満の言葉は飲み込み、プレーで、バットで自分の存在を示し続けた。

 ベーブ・ルースが残した不滅の記録といわれた714本塁打に迫ると、そんな差別主義者から嫌がらせの手紙が届き、脅迫まがいの事態も一度や二度ではなかったという。白人のルースの記録を、黒人のアーロンさんが抜くのは許さない、という白人至上主義者の登場が相次いだ。それでも態度には出さず、ただプレーし、アーチを描き続けた。





 プレーヤーとしての特色を挙げるなら、「安定性」という言葉に尽きる。現役23年間全てのシーズンで2桁本塁打を続けた。40本塁打以上は8度。30本塁打以上は15度もある。シーズン最多は1971年の47本塁打。後のステロイド時代に訪れた年間60発、70発という数字とは無縁だった。関係者一同が口をそろえるのは「それだけクリーンな選手だった」ということ。いわゆる筋力増強剤など、禁止薬物とはかけ離れた存在であった何よりの証だというのだ。そこに手を染めてしまった選手のことを、アーロンさんも嫌った。本塁打数で唯一、アーロンさんの上をいく762本塁打したバリー・ボンズは、ステロイド時代のど真ん中を歩んだ選手。未だに「メジャーのホームラン王はハンク・アーロン」と信じる関係者は数多い。

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