失敗しないために演奏する訳ではない
~どんな大舞台でも自分を信じられる「心の持ち方」~
2017.10.16
ベストを尽くして、その一瞬を楽しむ。失敗は考えない。
チェリストの中木健二さんは東京藝大を経て2003年にフランスへと渡り、現地のコンクールでは輝かしい受賞歴を誇るなど、異文化の壁を越え、高い評価を得てきた。日本国内とは大きく違うコミュニケーションをいかに楽しむか、その秘訣を語ってもらった。
「日本って物事が予定通り、計画されていた通りに運ぶんですよね。向こうでは順調に行かないという意味で、メンタルが鍛えられます(笑)。だから時間に対する価値観、概念みたいなのは、すごく変わりますね」
20代の多感な時期、世界屈指の音楽教育機関でも知られるパリのコンセルバトワールに学び、様々な国のチェリストと切磋琢磨してきた。
「僕らの演奏の場合は記録として『何分何秒』とか、『打率が何割』とか、数字が出ないじゃないですか。結果が目に見えて表れない。そうなると、1回きりしかないっていう考え方が、数字に残る世界とは変わってきます。その概念が、僕がフランスに行って一番変わったところだと思うんです」
きっちりと、かっちりと進行していくのは日本人の特性だ。しかし、そこから少しはみ出したところに、芸術としての趣や面白みが出てくることもあるという。
「どうせ1回しかないわけだから、2回同じ演奏がないなら、前回よりもよくなるように努めるしかない。ベストを尽くして、その一瞬を楽しめばいい。本番が楽しくなければ、もはや何のために練習してきたのか分からないし。そもそも、演奏に失敗というのをあまり考えなくなりましたね」
世界各国での経験から学べた事とは?
日本ではどうしても、大舞台になればなるほどミスがなく、正確に演奏することが求められる。だが、自らの意識の全てを音楽へと捧げ、その結果として出た音ならOK。そんな異なる文化もまた、自身を大きく育んでくれたと語る。
「どんなに優秀な演奏家だって人間ですから、失敗することはある。失敗しないために、演奏するのではないです。だから日頃から、魂も一緒に練習するんだというのを僕は習いました。弾いている側の魂が震えて、感動を覚えたから、演奏したときに聴いている方へ、何かが伝わるのだと思いますね」
失敗を恐れることなく、最高の心と技を発揮していけば、必ずオーディエンスには感動をもたらすことができる。異文化から学べたのは、演奏家としてのスキルだけではない。どんな舞台でも自らを信じることができる「心の持ち方」も、海を渡ることで会得できた宝物なのだ。
※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。
〔文/構成:ココカラネクスト編集部 〕
中木 健二(なかぎ・けんじ)
愛知県岡崎市出身。東京藝大を経て03年渡仏。パリ国立高等音楽院、スイス・ベルン芸術大の両校を首席で卒業。05年、ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール第1位。08年第1回Note et Bien国際フランス音楽コンクールでグランプリなど受賞多数。東京藝大音楽学部准教授。使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより貸与されている1700年製ヨーゼフ・グァルネリ。