「僕は戻りたい」育成から這い上がったチェコ人助っ人が告白 不運に苛まれた巨人時代の“財産”と日本野球「練習は長くてハード」
「驚きはなかった」――漏れた巨人との契約に対する本音
練習において質と量を兼ねる日本野球の文化に、カルチャーショックはあった。それでも桑田真澄2軍監督(現オイシックス新潟アルビレックスBCチーフ・ベースボール・オフィサー)のサポートもあり、徐々にフルプは適応していった。
「彼(桑田監督)は、少しだけアメリカ的な考え方を持ち合わせていたんだ。どちらかというと量ではなく質を求めていた。だから、僕らがうまくやっているのを見ると、自由に放っておいてくれた」
日本でプレーする手応えを掴みかけたからこそ、左手有鈎骨骨折というアクシデントは無念だった。当時を「手術からもっと早くプレーしたかったが、手が全く動かなかった」と回想するフルプは、「頭がおかしくなりそうだった。みんながプレーしているのに、自分は、ただただ見ているだけだから」と唇をかみしめるように語った。
プレーできなければ、枠を空けるために居場所を追われるのは、助っ人の常とも言える。フルプも例に漏れずに自由契約となった。ただ、「基本的にプレーをしていない(外国人)選手は、彼らにとっては存在していないのと同じなんだと思う」と語りながらも、球団の決断に異論はないという。
「彼らからの通告は形式的なものだった。電話だったけど、僕に感謝を伝えてくれた上で、契約を更新しないことを教えてくれた。正直なところ、驚きはなかった。育成契約の外国人は、普通は1年間で実力を証明しなければならないからね。僕の場合は、怪我があって、チャンスを掴めなかった。
だけど、僕は多くを学んだ。規律や仕事の仕方、新しいトレーニング方法などだ。人生において本当に素晴らしい学びの場だった。僕は世界最高の組織の一つがどのように機能しているかを目の当たりにしたんだ」
では、今後はどのようなキャリアを歩んでいくつもりなのか。フルプは、自らの“構想”を迷いなく明かしている。
「僕は日本に戻りたい。別のリーグや組織でも構わないよ。日本のスタイルが僕には合っている。だけど、メキシコやアメリカに戻る可能性もある。1月か、2月になってから決まると思う。僕は辛抱強い方だ。トレーニングをし続けながら(オファーを)待っているよ。ただ、間違いなく(巨人での)経験は、将来的に必ず役立つと信じている」
日本で得た唯一無二の経験をどう生かすのか。フルプが歩むキャリアの行く末を興味深く見守りたいところだ。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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