井上尚弥が見せた感情の赴くままの姿 ネリとの激闘で初ダウンを喫したからこそ見えた“モンスター”の魅力【現地発】
ネリと打ち合い、初回にダウンを喫した井上。しかし、そこからの挽回はまさに圧巻だった。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext
積極的に仕掛けても負けることはないという確信があったからこそ
もっとも、改めて振り返ってみると、井上は自身に昂りがあることを理解したうえで、それを必要以上に抑えようとせず、感情の赴くままの姿で戦いに臨んだ印象もあった。リング上で「気負いがあったが、ダウンで立て直せた」と話したが、その点を特別に反省材料と考えている風でもない。
試合翌日の“一夜明け会見”のコメントを聞いても、自身もファン同様にビッグイベントを満喫したかのようだった。
「1ラウンドのダウンも含め、(映像で)6ラウンドをしっかり見たんですけども、内容的にも満足のいく内容。すごくいい試合だったなという感想を受けます。陣営の方々はすごくヒヤヒヤしたと思うんですけど、昨日、来て頂いた4万人のお客さん、すべての方が満足して帰っていただけたんじゃないかなと思います」
ひとしきりそう語ったうえで、井上はダウン応酬となった戦いを「なんか楽しかったな」とすら述べていた。莫大なプレッシャーを背負い、そのすべてをリング上で発散させるような戦い。初めてのピンチを迎えただけでなく、普段はあまり見せない挑発行為もあり、試合後も興奮状態だった。
超ハイレベルの技術的な裏付けがあり、積極的に仕掛けても負けることはないという確信があったからこそだとは思うが、大舞台で行ったハイテンションな打撃戦に、井上自身もカタルシスを感じていたのではないかと思えてくる。
おそらくは想定内の感情的な戦い方だった。だからこそ、人によっては屈辱に感じるかもしれないダウンを取られた後でも、「昨日は本当に自分自身、歴史に残るいい日になったと思います」と言い切れたのだ。
9月に予定される次戦では、周囲からはディフェンス面をより厳しく見られるのかもしれない。ネリ戦でも実際には初回のダウン後は相手の攻撃を見切り、守備面でもほぼ完璧ではあったのだが、次はそれをフルにやることを求められる。激しい被弾を2戦続けて経験するようなことがあれば、今ある最高級の評価も曇りかねない。
ただ、繰り返しになるが、今回のネリ戦に関して言えば、少々力み過ぎの派手な戦いも、良かったのではないかと思える。
マイク・タイソン(米国)が戦って以来、34年ぶりの東京ドーム興行は、日本ボクシングが世界に向けてメッセージを発信する舞台だった。そのメインイベントはダイナミックな試合が求められ、“モンスター”の双肩に莫大な期待感がのしかかっていた。
これほどのお膳立てを受け、井上が4万3000人に提供したのは、最高級のスペクタクル。ボクシングの魅力を存分に感じさせた後、最後は、いわば日本ボクシング界の“仇敵”であるネリに対して日本中のファンが望んでいたであろう怪物的なフィニッシュを演出してみせた。これこそが、モンスターの凄みと魅力を改めて感じさせたのである。
[取材・文:杉浦大介]
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