箱根駅伝あるある&うんちく集 「花の2区」古いけど、最も五輪輩出が多い?
毎年、ハプニングやドラマが起こる箱根駅伝を楽しみにしているファンは多い。お正月の風物詩をもっと楽しむために、知っていたら得する「箱根うんちく」や、いまさら人に聞けない「箱根あるある」を紹介したい。
◆「花の2区」古い?
箱根の往路2区は距離が長く、終盤の激しいアップダウンがあり、レース序盤の主導権を握る重要な区間であることから「花の2区」と呼ばれている。かつてはエース区間として、スピードランナーの激突で数々の名勝負を生み出してきたが、近年は2区にエースを投入しないケースも目立つ。より差がつきやすい山上り5区の存在や、戦略の多様化もあり、層の厚いチームは「つなぎ区間」と位置づける場合も。選手起用によって「攻めの2区」か「しのぐ2区」かが見えてくるだけに、各校の出場選手に注目だ。
◆ごぼう抜きはV逸!?
箱根の醍醐味の1つが「ごぼう抜き」。1人のランナーが、ライバルたちを一気に抜き去る姿は圧巻だ。最多は「20人抜き」の日大ギタウ・ダニエルで09年2区22位でタスキを受け、2位に押し上げた(23チーム出場)。日本人最多は東海大・村澤明伸で11年2区で「17人抜き」。1区が競ってダンゴ状態になるほど、2区で起こるケースが多いが、「山の神」と呼ばれた順大・今井正人は05年5区の山上りで「11人抜き」という驚異的な走りを披露した。11人以上ごぼう抜きしたランナーは2019年の95回大会までのべ21人出ているが、実は総合優勝したチームが1つもない。
◆衝撃助っ人登場から30年
箱根に初めて外国人選手が登場したのは山梨学院大のジョセフ・オツオリ。1989年に1年生ながら花の2区で起用され、各校エース級を7人抜きする衝撃デビューを果たした。3年連続区間賞、4年時には故障をおして激走し、チームの総合初優勝に貢献した。以来、主にケニア出身の留学生を各校も導入し、外国人選手の爆走はいまや箱根でも見慣れた光景となった。それでも外国人所属チームの優勝は山梨学院大しかない。06年から出場制限が設けられ、出場は1人までと定められた。ファンの度肝を抜いた「オツオリの衝撃」は世間的にもインパクトが強く、プロ野球西武の西口文也投手(現コーチ)は顔が似ていることから「オツ」の愛称で呼ばれるほどだった。