国指定の病と向き合った過酷な日々…“ハマの不死鳥”三嶋一輝の本音「『俺、難病なんで』とか軽々しく言ってた」【独占】
原因不明の違和感と向き合う中でも“意地”を貫いた三嶋。(C)萩原孝弘
忸怩たるシーズンに悟った想い
イメージ通りに進まなかった24年シーズン、三嶋は原因不明の違和感を覚えていた。「別に痛いとかそういうのはないんですけど、キャンプで実戦が始まっていっても、なんかイマイチ乗り切れてない自分がいるっていうのが正直なところありましたね」と、開幕から忸怩たる想いを抱えていた。
「ファームでも日によってというのがあって……。うまくごまかしながら抑えていたのですが、『よし、これだ』というのが、正直なところ掴めなくて」
ゴールデンウィークを迎える頃には1軍に昇格した。それでも三嶋は「毎日でも投げたい」タイプでもある。周囲もそれは理解しているはずである。しかし、なかなかチャンスに恵まれない状況に「1軍では投げるチャンスがなくて……。長くプロにいますから『なんで俺だけ』という感じではなく、それは自分の力が認められてないから投げられないことが多くなったのかなって」と悟るものはあった。
さらに「首周りから肩への変調も感じていました」と試行錯誤を繰り返しながら、なかなか好転しない日々。それゆえに「足りないものはなんだろうって考えましたね。ちょっと1回、いままでの自分をいい意味で諦めるっていうか、なんか変えなきゃいけないと思って。いろいろ新しく取り組んでみようかなと思ったんです」と思考も変えた。
全ては復活のため。三嶋は「最終的に考えるのは自分だし、自分がその意見を取り入れるかどうかも自分の感性だし、自分の感覚だと思っていたんですけど、それを1回やめて、色々トライしてみようと思ってやってやりました」と、ゼロベースで自分と向かい合う覚悟を決めた。
ふたたび降りたファームでは「動作解析する人もいて、トレーナーさんもたくさんいて。素晴らしい方々にいろんなアドバイスをもらったりしました」と専門家の意見に耳を傾けた。
そこで従来とは異なる治療法やトレーニングにも着手。とにかく新たなチャレンジに取り組んだ。
「今までやってた自重だけの筋トレではなくて重りを使ったりとか、治療方法もトレーニングの内容も変えました。数値的に筋量が5、6キロ上がったんですよ。身体もちょっとでかくなりましたね」
また、猛暑の中でも34歳は若手以上にハードなトレーニングを重ねた。
「やっぱり見られてるわけじゃないですか。若い選手がたくさんいる中なので、弱音や変なことも言えない。僕が若い頃ファームにいたとき、先輩たちの中にはやることやらずに文句ばっかり言ってる人がいて。僕はこういう先輩になりたくないと思ってたんで、ずっと黙々とやろうと思ってやっていましたね」
半ば意地にもなり、ポリシーを貫いた。