演奏者のココロとカラダはどうあるべき?
ゆとりある精神をクラシックを通じて発信:白寿生科学研究所

2017.09.19

「時間に対する価値観」はアスリートと音楽家が一番交わるところ

株式会社白寿生科学研究所

(永田) 日本ってすごいなあと思うことも多いです。本当に働く文化なので、仕事や物事が時間通りに進む。できることが速いし、多い。

(中木) 日本って物事が予定通り、計画されていた通りに運ぶんですよね。向こうでは順調に行かないという意味で、メンタルが鍛えられます(笑)。だから時間に対する価値観、概念みたいなのは、すごく変わりますね。それこそアスリートと音楽家が一番交わるところって、「時間」だと思うんです。音楽って芸術の中で唯一、時間が関係あるんですよ。彫刻とか建築とかは3次元だけど、音楽は4次元。そんな中でも、アスリートの方達と僕らが一番違うのは、選手生命の長さですよね。

(原) アスリートは限られているよね。

(中木) ボルドーにはバレエのカンパニーもあって、日本人のダンサーもいて。話をしていても彼らや彼女らは自分たちがいつまで踊れるのか、だいたいわかっている。そのためにコンディションを整えて、今やるべきことをやる。舞台はその瞬間しかないから「その一瞬に懸ける」という思いは一緒なんですけど、よりダンサーの方が…スポーツ選手の方もそうだと思うんですけど、シビアに考えているから、ケアも大切になってくるだろうし。

(原) 肉体はある年齢を過ぎると衰えて、パフォーマンスができなくなっちゃう。そこは音楽家の場合、年齢とともに経験が味になったりしてくる。

(中木) 時間の話にもう一度戻りますと、僕らの演奏の場合は記録として「何分何秒」とか、打率が何割とか、数字が出ないじゃないですか。結果が目に見えて表れない。

(原) 確かにチェロソナタを速く弾いたら勝ち、というわけではないよね(笑)。要は評価対象がデジタルじゃなくて、聴衆の主観で大きく変わる。

(中木) そうなると、1回きりしかないっていう考え方が、数字に残る世界とは変わってきます。その概念が、僕がフランスに行って一番変わったところだと思うんです。どうせ1回しかないわけだから、2回同じ演奏がないなら、前回よりもよくなるように努めるしか ない。ベストを尽くして、その一瞬を楽しめばいい。本番が楽しくなければ、もはや何のために練習してきたのか分からないし。それまでの時点で十何年、二十何年とチェロを弾いてきて、やっとそういう舞台に立てるようになったのに「あれがダメだった」「これがダメだった」って翌日に振り返るようなのは悲しいなと。

日頃から魂も一緒に練習。魂が震えて感動を覚えたから、聴いている方へ、何かが伝わる

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(原) 日本だとチャンスを与えられると「失敗したら外されるんじゃないか」とか、「チャンス=ピンチ」みたいな考え方があるでしょ。

(中木) そもそも、演奏に失敗というのをあまり考えなくなりましたね。

(原) それって例えばホルンなどで、音を外すとかそういうのもアリですか?

(中木) いいと思います。

(永田) 音楽的な上で外すことには、聴いている側も意識しないというか。

(原) 日本だとオケで音を外すと、酷評ものじゃないですか。

(中木) 向こうは逆です。僕が初めて向こうでプロのオーケストラの舞台に上がったのは、コンセルヴァトワールの4年生の時に、フランス国立管弦楽団のエキストラでした。欧州を代表する歴史あるオーケストラですから、死ぬほど練習して行って。

(原) そりゃあ、気合入るよね(笑)。

(中木) でも隣のチェリストが自信なさそうで、一番いいところで、その人が入りかけた。で、僕はその人が入ったら入らなきゃいけないものだと思って、違うと分かっていたんだけど、弦楽器を誰も弾いていないのに、四小節ぐらい早くフォルテシモで入ってしまった。間違えて、超デカい音で、しかも一番下っ端が入ったんです。他の演奏家に「本当に申し訳ない」と謝りました。

(原) そしたら、どんな反応だったの?

(中木) みんなに「音楽にのめり込んで、出たくて出たくてしょうがないという気持ちで出たんだ。だったら何の問題があるの?」と言われて。そんな間違いは、間違いではないよと。ビビって弾けないヤツの方が問題ですよと。

(原) なるほど。お二人の世代ぐらいのあたりから、留学が当たり前になって、国際コンクールに上位入賞するのが結構、普通になってきたでしょ。

(中木) コンクールで緊張するというのは、分かるんです。実際自分も緊張したし、今は教える立場にもあるから、学生が緊張するのも分かる。その理由は、アスリートが結果を出せる・出せないというのとは違うんです。アスリートは基本、自分との戦い。自己ベストにどれほど近づけるか、それ以上に行けるかどうか。でもクラシックは、自己ベストがない。だって、点にならないんだもん。しかも、その評価をする人間は自分ではない。

(原) 自分じゃ決められないんだ。

(中木) 点数にできないものを点数にするという、まな板の上に載らなければいけないから、緊張するんですよ。答えが見えないから。

(原) クラシックの場合は何をもってベストかというのが、その時代の作曲家が考えたことに従順にやった方がいいのか、それとも今のご時世にあった演奏をすればいいのか、という話が確かにある。

(中木) 役者さんの朗読と一緒で、一語一句噛まずに読めたから、それで100点というわけではありません。どんなに優秀な演奏家だって人間ですから、失敗することはある。失敗しないために、演奏するのではないです。

(原) 聴衆を感動させることが一番の答えですかね。

(中木) だから日頃から、魂も一緒に練習するんだというのを僕は習いました。弾いている側の魂が震えて、感動を覚えたから、演奏したときに聴いている方へ、何かが伝わるのだと思いますね。

 対談や素敵なHakuju Hallは、2017年8月28日発売の「CoCoKARAnext」(全国書店)に掲載。併せてご覧ください!

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 健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

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中木 健二(なかぎ・けんじ)

愛知県岡崎市出身。東京藝大を経て03年渡仏。パリ国立高等音楽院、スイス・ベルン芸術大の両校を首席で卒業。05年、ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール第1位。08年第1回Note et Bien国際フランス音楽コンクールでグランプリなど受賞多数。東京藝大音楽学部准教授。使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより貸与されている1700年製ヨーゼフ・グァルネリ。

永田 美穂(ながた・みほ)

桐朋女子高音楽科を経て桐朋学園大音楽学部演奏学科卒。パリ・エコールノルマル音楽院、イタリア・イモラ国際ピアノアカデミーに入学。08年パリ・エコールノルマル音楽院最高課程コンサーティストの修了試験で、満場一致の首席でディプロマ取得。14年4月に日本へ拠点を移す。

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