「これでいい」と思った瞬間から衰退が始まるから常に開拓~ ピアニスト仲道郁代 対談

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 昨年、活動30周年を迎えたピアニストの仲道郁代さん。演奏家してはもちろん、音楽のすそ野を広げる活動も積極的に行っているなかでのココロとカラダのコンディショニングとあり方について、Hakuju Hall支配人も務める白寿生科学研究所の原浩之副社長と語り合いました。

プロとして私なりに一歩一歩できることを。そして「どれだけ自分ができるのか」を問い続けた30年

 当代きっての演奏家であり、学校訪問も併せて年100本も公演されていて、技術の面、表現するための人間性、身体の面でも良い状態でいることに気を配っていると思いますが、そもそもピアニストになったポイントはあったのですか。

仲道 大学生でコンクールの賞をいただいて、演奏の場を頂けるようになりましたが、まだ学生気分の自分と人前で弾くということのギャップに苦しくて「こんな自分が弾いてはいけない」とドイツに留学しました。2年間大学院の過程に通って、その間にも国際コンクールの賞を頂いて、そこから「日本に戻って演奏活動を始めよう、来ていただけるお客様が【もう一度聞きたい】と思って下さったなら続けよう」と決心した時が今から30年前です。

 デビュー30周年というのは単に人前での演奏だけでなく、本気でこれを職業にしようとしてから、ということなんですね。

仲道 もちろんプロの責任が伴うので私なりに一歩一歩できることを・・・、音楽の下僕となり十全な準備をすること、condition作り、勉強も必要で「どれだけ自分ができるのか」を問い続けた30年でもあります。「願わくばもう30年」と思って、今新たな気持ちですが、今まで以上に考えて自分をケアしていかないと弾き続けるのは難しいだろうなと感じています。4歳でピアノを弾き始めて、もう50年経っているんですけど、未だにフォームの改善もしています。自分のフォームは自分で見つけるしかないのです。人それぞれ体つきも筋肉も違いますし、若い頃とも違います。単なる運動能力だけではなくて、もっと表現したいことのためには奏法や筋肉のありかたや手首の角度だって常に開拓で、これでいいんだと思った瞬間からたぶん衰退が始まります。

 プロサッカー最年長の三浦知良さんも、プライベートの旅行でもトレーナーと施術のポータブルベッドをもってどこでもメンテナンスは出来るようにしているようですね。

仲道 ピアニストもそれが理想ですがとてもそこまでは回りません。でも、前日に何を食べたかで本番演奏の集中力は全く変わりますよ。ただ、演奏前はリハーサルもあり時間がシビアなので、むしろ神経質になり過ぎないことにしました。ハッピーな演奏家活動をしていた人はポジティブでアバウトなんですよ。なんでも受け容れ、おおらかなことは大事。押さえる所は押さえバランスが逆転しないように気をつけています。

 準備もフォームも正解はなく、モアベターになるように頑張るしかないですものね。不測の突発したことにはフレキシブルに対応するいうことですね。

仲道 備えがなんらかの事情でできないときもあるじゃないですか、人間ですから体調を崩してしまうことも。準備をしていないからダメだと思ったら、ダメなタイプなんです。30年子育てをしながらやってきて、それを乗り越える歴史でした。本当はペシミスト(悲観主義者)なんですけれども、オプティミスト(楽天主義者)とよく言われます。これまでハウツー本もたくさん読みました。だってその極みにいかないとやっていけないという(笑)

音楽家も医者や科学者も、人知を通り越えたよくわからないけど「何か」を感じている共通点があるのでは?

 長く演奏してきて、ここまで入れ込めたのは何なのでしょうか。

仲道 ピアノが好きだから・・・。ピアノの音の向こう側にブラックホールのような神聖
な世界があるのね、それに向かって入っていきたい。そこには音楽の神様がいるということなんだと。

 お医者さんや科学者には音楽好きがけっこういて、これは共通点があると思っています。人知を通り越えた、よくわからないけど「何か」があるという実感があるのでは?

仲道 突き詰めるほどに感じる何かが・・・。だって演奏活動を30年も行っていてまだわからない「何か」があるんですから。

ⓒKiyotaka Saito
BSフジpresents 仲道郁代 「ロマンティックなピアノ」コンサートより
オフィシャルサイト http://www.ikuyo-nakamichi.com

クラシック音楽は曲を聴くと辛くて痛くなるようなこともあるけれど、聴き終わるとなにか浄化された気持ちになる

 ところで音楽ファンを増やす活動のために学校へ赴いたり、大学での教鞭、シンポジウムの開催などの社会貢献もたくさん行われていますね。

仲道 これは、中学生のときにアメリカ(日本人が他にいないような街)で過ごしたことの影響が大きい、と気づきました。「大人になったら社会のために何かをする」というのは当たり前のソサエティでした。寄付やボランティア、それこそ近所で野球を教えることも。「多彩にいろいろやっているね」と言われていますが、自分では大好きで素晴らしいと思っている「音楽」一つをやっているだけ。クラシック音楽はいわゆるクラシック大好きという人達だけのものではないと思います。例えば、曲を聴くと辛くて痛くなるようなこともあるけれど聴き終わると何か浄化された気持ちになります。涙を流した後の爽快感、暗闇のなかの灯り、ストレスがあるからこその成長・・・。クラシック音楽がもたらすそんな感覚をより多くの人に知って頂きたい。日常の中でクラシック音楽は何か大切なことをもたらす可能性があると思っています。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

仲道 郁代(なかみち・いくよ)さん

第51回日本音楽コンクール第1位、ジュネーブ国際コンクール最高位、エリザベート王妃コンクール入賞。
リサイタルや国内外のオーケストラとの共演の他、学校へのアウトリーチなど音楽と社会を結ぶ活動も行い、音楽の素晴らしさを広く深く伝える姿勢が共感を集めている。
18年度から春と秋に10年間の新しいリサイタル・シリーズをスタート。第一回目は4月30日(月/休)14:00~サントリーホールにて。

原 浩之(はら・ひろゆき)さん

1971年、東京都生まれ。94年慶大卒。銀行員などを経て98年白寿生科学研究所入社、00年同取締役、03年営業本部長、15年から副社長。Hakuju Hallの支配人も務める。16年慶大大学院メディアデザイン研究科の特任准教授に就任した。