「僕って昔と変わりましたよね」――背番号129からの再出発 阪神の高橋遥人が掴んだ復活への手応え
相次ぐ重症から再起を誓っている高橋。彼がふたたび戦力となるかは阪神のタイトル争いのためのカギとなる。写真:産経新聞
長らく待ち望んだリーグ優勝、そして日本一を成し遂げた2023年において多くのタイガース・ファンに心残りがあるとすれば、この男が1度も1軍のマウンドで登板しなかったことではないだろうか。高橋遥人にとって昨年はまたしても故障に泣かされた1年だった。
「悔しさはあるけど、(チームを)見ていて素直に凄いなと思っていた。あとは自分のことに集中できていた」
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本人は戦力になれなかった現実に落胆しているのかと思いきや、自身の現状にしっかりとフォーカスして前を向く。いや、悔恨や落胆はもう“1周回って”とうの昔に終わっていたのだろう。
「それは自分にとってすごく大きなことだった」。
昨年6月に高橋は「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」を受けた。22年4月に「左肘内側側副じん帯再建術(トミー・ジョン手術)」を受け、昨年は懸命にリハビリに取り組んできたが、1度も実戦登板できずに今度は左肩と左手首にメスを入れることになった。
入団以来、幾度も故障に泣かされてきただけに今回の“再出発”は相当に辛い決断だったはずだが、本人の思いは少し違う。「6月に手術してもらってより前向きになった。これで良くなると思うと前向きになれる。自分に期待できると思っています」と力強くうなずいた。
正直、筆者には意外だった。入団から取材してきた左腕は、どこか自分に自信が無くネガティブな発言も多く、故障を負う度に「僕なんてダメ」と弱音を吐くタイプ。そんな姿を想像できたから、どこを切り取っても前向きなフレーズの数々に驚いた。
この時期、筆者は、鳴尾浜球場で顔を合わせた高橋本人から「僕って昔と変わりましたよね」と聞かれた。「めちゃ変わったよ」。そう答えを返すと、彼は少し頬を緩ませ、「来年はいけると思います」と語った。
リハビリの進捗がうまくいっていたのもあるだろう。ただ、高橋を変えたものは、周囲にもあると感じている。これまで、リハビリを担当する球団トレーナー、医師、そして家族と、様々な人間が復活を目指す自身を支えてきてくれた。その恩に報いるにはマウンドで腕を振ること、そして1軍で結果を残すことしかない。幾多の困難を経て「恩返し」の意味を深く理解することができた。
昨年11月の契約更改の場でも、高橋は決意を改めて口にしている。
「ケガをしていろんな人に助けてもらっている。自分のために時間を使ってもらっている。自分が投げないとそういう人も報われない。このままだとダサい。ダサいまま終わりたくないので頑張りたい」
それはリハビリの拠点となる鳴尾浜球場のスタンドでどんな時も励ましの言葉をかけてくれるファンへ向けても同じだ。
「投げられない中でも皆さんの声は届くので。投げる姿、マウンドに立っている姿を見せたい」