『横浜一強』――19年ぶり歓喜の舞台裏 横浜高を復権させた村田浩明監督の指導論に迫る

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19年ぶりの優勝を成し遂げた横浜高校。いかにして強化を進めたのか(C)産経新聞社

 3月に行われた第97回選抜高等学校野球大会で、19年ぶり4度目の優勝を遂げた横浜。『横浜一強』のスローガンのもと、昨秋の明治神宮大会に続く日本一を果たし、公式戦の連勝記録を20に伸ばした。

 近年は甲子園に出ても、優勝争いに絡めない時期が続いていた。なぜ、再び頂点に返り咲くことができたのか。2020年春から指揮を執るOBの村田浩明監督の指導論に迫った。

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■夏の甲子園で力の差を感じた敗戦

 日体大卒業後、県立霧が丘の部長を務めたあと、2014年に県立白山に異動。新チームから監督に就き、5年目の2018年夏に北神奈川大会ベスト8進出。自ら雑草取りを行うなど、選手とともにイチからチームを作り上げ、「県立から甲子園」を本気で目指していた。

 だが、人生はどこでどう転ぶか誰にもわからない。2019年9月、愛する母校・横浜で当時の指導陣の不祥事が明るみになり、大きなニュースとなった。

 横浜側が白羽の矢を立てたのは、白山で好チームを作り上げていた村田監督だった。不祥事が発覚した翌月には学校関係者から「母校に戻ってきてほしい」と最初の打診があったが、すぐに返事はできなかった。

 何度かのやり取りのあと、正式に返事をしたのは年が明けた2月。妻とともに、高校時代の恩師である渡辺元智氏の自宅に呼ばれ、3時間近く話をした。最終的には、「お前しかいない」という言葉が決め手となり、母校に戻ることを決断した。

 2021年夏、22年夏に神奈川大会を制するも、ともに甲子園では1勝止まり。甲子園に出ることよりも、甲子園で勝つことを求められるのが横浜だ。

 村田監督にとって、忘れられない敗戦がある。2021年夏、初戦で1年生の緒方漣(國學院大)の逆転サヨナラ3ランで広島新庄を下すが、2回戦では智辯学園に0対5の完敗を喫した。

「圧倒的なパワーの差、スイングスピードの差を感じました。それは1年、2年でどうにかなるものではなく、3年間の積み重ねによるもの。あのときのうちは、まだ“横浜高校の野球”を作っている時期でした」

 チームとしての規律、グラウンド上での全力プレー、横浜が大事にしてきた連携プレーなど、やるべきことを徹底する。就任当初は、そこが緩んでいたのも事実だった。

 当時、自らに言い聞かせていた言葉が「石の上にも五年」だ。正しくは「石の上には三年」だが、それ以上に長い時間をかけて礎を築く。自分の色を出すのは、土台ができてから。横浜の野球を作ることに多くの時間を費やした。

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