「納得ができない」パリ五輪終了直後に豪→英に国籍変更で物議 豪自転車競技選手の決断に元同僚は反発「不意打ちを食らった」
豪代表としてパリ五輪に挑み、3つのメダルを獲得したリチャードソン。(C)Getty Images
25歳の下した人生を変える決断は、自転車競技界で大きな衝撃を生んだ。現地時間8月19日、今夏のパリ五輪の自転車競技で3つのメダルを獲得したマシュー・リチャードソン(オーストラリア)は、イギリスへの「国籍変更」を発表した。
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パリ五輪のケイリンとスプリントに出場したリチャードソンは、それぞれで銀メダルを獲得。さらにチームスプリントではオーストラリアに銅メダルをもたらし、オーストラリアの自転車競技界で声価を高めていた。
今回の国籍変更は、英国(ケント州メードストーン)生まれであるリチャードソンが、9歳の時にオーストラリア(パース)に移住した背景を持つため、国際自転車競技連合(UCI)が認可した形である。
発表こそ五輪終了直後の急転直下だったが、準備そのものは水面下で進められていた。英紙『Daily Telegraph』によれば、約6か月を要する手続きを行う際にリチャードソンは英国自転車競技連盟のパフォーマンスディレクターを務めるスティーブン・パーク氏と秘密裏に会談。「オーストラリア代表チームと一緒にいたが、こっそり抜け出して英国チームの関係者と話をした。それが僕にできる唯一の方法だった」と振り返っている。
「もしも、事前に国籍変更の話をしたらオリンピックの代表選考から外される可能性があった。だから、オーストラリア代表には最後まで秘密にしなければいけなかったんだ」