開催延期により74年ぶりにルール変更となった東京六大学野球 74年前に東大ナインが起こした奇跡とは
新型コロナウイルスの猛威はプロスポーツだけでなく、学生スポーツの世界にも吹き荒れている。
既に春の高校野球センバツ大会は中止に追い込まれたが、大学野球界の雄・東京六大学野球の春季リーグ戦も開幕が決まらない。5日の臨時理事会では5月下旬に開幕を延期することが決まった。
延期だけではない。日程消化が難しくなり、リーグ戦の試合方式も変更を余儀なくされた。
従来の勝ち点制から、1試合総当たりの勝率制に変更されることが決まった。これまでは6校の総当たり戦で行い、2勝したチームに勝ち点1が与えられていた。
1試合総当たりは74年ぶり
東京六大学野球は4月11日の開幕を当初は予定していた。1914年の3大学リーグ戦を発端とする、国内最古の歴史を持つ野球のリーグ戦。現在ではプロ野球の後塵を拝すが、かつてはそのプロ野球をも凌駕する国内最大のエンターテインメントとして君臨していた。
1試合総当たりで開催されることは、戦後初めて行われた1946年春以来、74年ぶりになるという。
ではその1946年春の東京六大学野球はどんな模様だったのか。
終戦直後。神宮球場は米軍占領下にあり、上井草球場で試合は再開された。後楽園球場も使用された。のちにプロ野球初のトリプルスリーを達成する別当薫擁する慶大が5戦全勝で優勝した。
しかし、このシーズン最大のトピックは東大の快進撃にあった。同校史上最高となる2位。東大の2位は、後にも先にもこの一度きりである。
東大は開幕戦の明大戦に12-5で打ち勝った。最高の滑り出しとなり、続く早大戦に1-0で辛勝。実力高相手に連勝してみせた。