引退したアスリートがセカンドキャリアで成功するために必要なこととは

タグ: , , , , 2018/10/19

 2度目はクレー射撃を引退した31歳の時でした。クレー射撃はお金と時間が必要な競技なので、スポンサー企業との契約が切れたタイミングでの引退でした。この時点で競技に対しての未練は全くなく、20年以上アスリートとして多くの方々に支えていただき競技生活を続けることが出来たことへの感謝の気持ちしかありませんでした。そして、いよいよ本当の意味でのセカンドキャリアとの直面です。「自分に何ができるのか?」、「今まで得た経験をどのように社会や人々の役に立てるか?」など不安は誰しもよぎるのではないでしょうか。

 私が選んだ道は人々の健康を支えることができるトレーナーという職業でした。一般的にアスリートは健康というイメージが強いのですが、実際は健康の域を超えた限界に挑戦しています。それゆえ、トレーナーとしての知識を基礎からきっちり学ぶ必要がありました。またゼロからのスタートでした。仕事中に何かわからないことがあれば躊躇することなく年下であっても教えを仰ぎました。これはアスリートであった自分を再度、精神面においても完全に引退しなければできないことでした。

 これまでに多くの引退したアスリートをみてきましたが、セカンドキャリアでつまずいている人に共通する点は精神面でアスリートを引退できていないのです。競技生活しか経験していないその視野はとても狭いものです。新たな世界で生きるにはプライドを捨てる勇気が必要です。それがうまくできたときに過去のアスリートの経験が生きてくるのです。人生においてアスリートでいられる時間はほんの一時です。より良く生きるためには常に学ぶことが必要となります。学びの面前においては過去の栄光やプライドなど全くもって無意味なものなのです。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部 平尾類]

※コラムの問い合わせはアスリート・マーケティング株式会社まで

横内 由可(よこうち・ゆか)

1977年3月21日、東京都生まれの41歳。
9歳で器械体操を始める。13歳の時に朝日生命体操クラブへ。すぐに全日本選手権大会で個人総合7位入賞を果たし、高2年時にインターハイで個人総合2位に。同年にドルトムント世界選手権に出場し、段違い平行棒の降り技で新技D難度の「ARAI」が誕生。技に自分の名前を持つのは日本女子体操史上3人目の快挙だった。18歳で異種目のクレー射撃へ転向。日本代表で活躍し、02年の釜山アジア大会では団体で銅メダルを獲得。現在は異色の経験を活かし、トップアスリートの人生を応援する「トップアスリート・コンシェルジュ」、企業専門健康支援コンサルタントやスポーツコメンテーターなど幅広く活動している。

「アスリート/セレブ」新着記事

『CoCoKARAnext』編集スタッフ・ライターを募集

CoCoKARA next オンラインショッピング

PICK UP 【期間限定販売】浅倉カンナ ラストファイトメモリアル 拳トロフィー

浅倉カンナの左拳を本人から腕型を採取し、トロフィーとして完全再現させていただきました。 血管やしわの細部までに忠実に再現した、大変貴重なトロフィーとなります。

商品を見る CoCoKARAnext
オンラインショップ

おすすめコラム