「大迫と原口はいないのか!?」第一次森保ジャパンで起きた“落選の衝撃” 2026年、再び訪れる決断の時
大迫は神戸で調子を上げていたが、最終的に選から漏れた(C)産経新聞社
けれども、森保監督は「長年、FWの大黒柱だった大迫をベンチに置くことはできない」と判断。チームマネージメント上、外した方がいいと考えたのではないか。大迫自身も会見後、打診されたバックアップメンバー(予備登録)入りを固辞しており、「主力でなければW杯には行けない」という思いがどこかにあったのかもしれない。大迫がそういう考えを示すことも、森保監督は見通していたはずだ。
大迫が2022年3月以降にチームを離れなければ、こういった結果になることはなかったかもしれない。ベテラン選手のケガというのは運命を大きく変えてしまうものなのだ。
一方の原口に関しては、ケガに起因するものではなかった。「どんな役割でもいいからカタールに行きたい」と本人も凄まじい闘志を燃やしていたほどだ。実際、筆者がこの直前にオンラインで話した時も「中盤全ポジションのバックアップ役を高いクオリティでこなす」とサブを覚悟して、集大成の大舞台に挑むつもりだった。
ところが、ふたを開けてみると、原口の名前はなし。2018年8月に森保ジャパンが発足してから、彼が代表から外されたことは一度もなかったが、最後の最後で梯子を外されるとは、彼自身、想像だにしていなかっただろう。
「原口元気の名前が出てきた中で、本当に彼に頼りたいところはまだまだあります。と同時に、伸びてきている経験の浅い選手たちの芽も大切にしなければいけないと思っています。プラス、ワールドカップの長期での戦いで、さまざまな想定と、チームとして戦うことを考えて結論を出させてもらいました」
森保監督はこう語ったが、最終的に相馬勇紀(町田)らとの競争に敗れたということになるだろう。
一番の衝撃を受けたのは、原口本人だった。
「いやー、難しかったですね。最初はもちろん、1か月半くらいは。嫁にも心配されていた時期があったくらい」と本人も複雑な胸中を吐露。日本がドイツ、スペインを撃破し、ラウンド16でクロアチアに迫ったのを見て、いろんな思いが込み上げてきたはずだ。
「いろいろ吹っ切れてきたのは新年くらいかな。(当時所属の)ウニオン・ベルリンのキャンプに行ったくらいで少し移籍の話が出始めて、『もしかしたら移籍するかも』って思ったら少し気が軽くなった。ウニオンでポジションを取れて、いいアピールになってシュツットガルトに来れた」と2023年1月末に移籍を選んだ直後、彼は吹っ切れたようにこう話していた。








