プロ野球タイ記録シーズン5人目のノーヒッター誕生、82年前とは違う投球技術の進化を生んだ理由とは?
1940年のノーヒッター5人は、当時は質の悪いボールの影響で打球が飛びにくかったと言われている。最多本塁打は2桁に届かず、翌1941年も3人、1943年には4人がノーヒットノーランを達成した。
それに比べて、現代のノーヒッターたちは、明らかに技術的なレベルの高さがこの続出に表れている。今季は他にもオリックスの新人・椋木蓮が7月20日の日本ハム戦で9回2死の「あと一人」というところからノーヒットノーランを逃した。中日・大野雄大は5月6日の阪神戦で9回まで一人の走者も出さない完全投球。両軍得点が入らず迎えた延長10回の2死から二塁打を許し大記録を逃した。6人目、7人目が生まれていてもおかしくない状況だった。
ポンセは後半戦初のノーヒッター。一般的にプロ野球のシーズンは序盤は仕上がりの早い投手が有利で、疲労が蓄積する中盤以降は打者有利になると言われている。ノーヒッター誕生の時系列的にもその傾向は見て取れる。そんな中で生まれたプロ野球最多タイのシーズン5人目のノーヒッターの偉業が、薄れることは決してない。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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