井上尚弥の「心の強さ」の源泉は?大橋会長が明かす衝撃デビュー戦でのエピソード
センスやパンチ力もさることながら、井上の最大の武器は「心の強さ」だと大橋会長は言う。(C)Getty Images
22戦22勝19KOという驚異の成績で世界を席巻する、WBAスーパー&IBF世界バンタム級王者の井上尚弥。WBS同級王者ノニト・ドネアとの3団体統一戦に挑む、この男の強さの秘密はどこにあるのか。日本が誇る“モンスター”の「心技体」について、井上の所属ジム会長で、現役時代は「150年に1人の天才」と言われた元世界チャンピオン・大橋秀行氏が、2017年に語ったエピソードを改めて振り返る。
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「心技体」で井上尚弥が最も優れているモノを挙げるとすれば、私は心と答えます。
技術も体も最大限に生かすのは心。そこが強く、あるいは成長していかなくては本来の力は発揮できません。私は現役時代から数多くのボクサーを見てきました。その中には当然、心が成熟せず、技術や体といった天性の資質に頼ったばかりに大成しなかったボクサーがたくさんいます。
今、こうして井上に注目が集まるようになって、「どんなに才能があっても、心の持ち様と自分の活かし方を知らなければ、本物の強さは手にできないんだな」と改めて感じさせられます。
第一に井上は謙虚です。
彼ほどの強さと実績、世間的な注目を考えれば天狗になってもおかしくはありません。努力を重ねて世界チャンピオンとなったわけですから、私の本音を言えば「ある程度はなっても仕方がないのかな?」とは思います。
実際、真面目で努力を惜しまない川嶋勝重や八重樫東ですら、チャンピオンになった当初は、少なからずそういった変化を感じたものです。でも、井上にはそれが全くなかった。
それは、井上を子供の頃から指導している、父親の慎吾さんの影響が大きいでしょう。
井上尚弥というボクサーは、謙虚であり努力家です。慎吾さんが、練習量など努力の必要性を息子に教えてきたことで、「俺はこれだけやったんだから負けるわけがない」という自信を与えてくれたし、何よりも私が素晴らしいと感じたのは、ボクシングの面白さを本人に植え付けてくれたことです。
例を挙げると、ボクサーに必要不可欠な練習であるロードワーク。ただ走るだけの、単調で地味なトレーニングです。そのメニューを黙々と消化させるのではなく、弟の拓真や、いとこの浩樹との合宿中などには、「じゃんけんで勝った方がダッシュをする」と言ったゲーム性を取り入れたりしていた。子供の頃から遊び心のある練習をしていることで、井上の中で「ボクシングは楽しいものなんだ」と根付く事ができたのでしょう。
だから井上は、弱音は一切吐かないし、不安も口にしません。それは、本人の「細かいことは気にしない」という大らかな性格も関係しているのかもしれませんが、やはりボクシングを楽しんでいるからなのでしょう。ほとんどの選手は、試合前は緊張し「負けたらどうしよう……」、「絶対に勝てる!」と心の中で葛藤を繰り返しながらリングに上がるものですが、井上にはそれがない。常に自信満々でトレーニングを積んでいるし、試合の直前になっても自然体でいられるのです。