「才能だけで“怪物”になったわけではない」大橋会長が語る井上尚弥の“黄金の思考”。学生時代の知られざる逸話とは

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強い相手を見つけた時の喜び

 井上が高校2年で経験した敗戦も、後の彼を形成する上で大きな転機だったはずです。最近、テレビ番組にも出ていましたが、当時、林田太郎という天才ボクサーがいました。全日本アマチュア選手権の決勝で井上が彼に敗れた時、私から「林田に勝ちたいのなら、八重樫と多くスパーリングをしたほうが良い」とアドバイスをすると、頻繁にジムに来るようになりました。

 何度もグローブを交えることで次第に八重樫を翻弄する回数も増え、自信をつけた井上は、その後、林田に勝利する訳ですが、ここから一段と強さが増したと私は見ています。

 この時から、すでにボクシングが生活の一部となっており、強くなることが何より楽しいと感じていた井上を見て再認識させられたことがあります。

 それは「黄金の時間」は、やはり人間を成長させてくれるのだな、ということです。

 学生時代に生活の一部を犠牲にしてでも好きなことに打ち込む事を、私はそのように表現しています。

 友達とたくさん遊びたい等、若い時期は誘惑が多い。そこをグッと耐え、本当に好きなこと、将来的に必要だと感じた物事に全力を注ぐ。学生なら、それは勉強であり、部活動になるでしょう。

 この多感な時期に本気で何かを得ようと努力した人間には、数年後に必ず何かしらの形での成果が待っています。逆に、誘惑に負けた人間は「何であの時やらなかったんだろう……」と絶対に後悔する。

 これは、誰もが経験する紛れもない事実。井上にとって、それがボクシングだった訳です。

 世界チャンピオンにもなれば、大勢の人の視線を集めます。ジムには一般の練習生もいますし、取材などでメディアの方たちが訪れる日だって多い。そうなると、どうしても「見せる練習」になりがちなのです。周りを意識するあまり、中身ではなく見栄えを気にしてしまうのは、仕方がないと言えば仕方がない。

 でも、井上は誰が見ていようと全力。自分が強くなるためならば、格好悪い姿を見せてもいい。本質がブレていないのです。

 何度でも言いますが、井上は才能だけで「怪物」と呼ばれるボクサーになったわけではありません。同じジムの先輩である川嶋勝重や八重樫にも言えることですが、3人には謙虚さと努力をする才能があった。

 ボクサーとして天賦の才があったとしても、それがなければ世界の頂点には立てないし、それを維持することもできません。私たち指導者は、そのことを選手に理解させた上で、心と体、そして技術を飛躍させるサポートをしていくことが大事なのだと思っています。





[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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