なぜ俺じゃないんだ!?ノムさんが未練タラタラだった「日本代表監督」の座
まんざらでもない表情を浮かべていたノムさんに、「援軍」も現れます。当時中日の指揮官だった落合博満さんです。
「みんな『野村さんがいい』って言ってるだろ。日本国民が一番、納得する形がいいんじゃないか。ノムさんは現役監督の中では野球を一番、よく知っている」
世論をバックに何とか日の丸指揮官へと上り詰めたい野村監督でしたが、WBC体制検討会議の中で、当時73歳の老将を推す声は一切あがらず。全会一致で巨人・原辰徳監督に決まり、「野村ジャパン」の夢は破れたのです。
ならばと快く岩隈久志、田中将大のWエースを侍ジャパンに送り込んだノムさんでしたが、元々が大の負けず嫌い。翌2009年、第2回のWBC開催中には歯に衣着せぬ物言いで、日本代表の正捕手・城島健司との「バトル」も勃発してしまいました。
きっかけはノムさんがWBC東京ラウンドの日韓戦に言及し、岩隈が4番の金泰均に甘く入ったシュートを三塁線に適時打された場面を振り返り、リードに苦言を呈したことです。
「城島が悪い。ヤマを張られているのに、シュートしかないという配球をしちゃダメだ。初球はシュートでいったんだから、後は外のスライダーで何とでもなる」
すると城島はサンディエゴで行われた第2ラウンドのキューバ戦で、日本の投手陣を完封勝利に導きます。試合後にこう言い切りました。
「野村さんが捕手のせいにするから、1点もやらなくてよかった。今日の勝利は野村さんのおかげ。あの人は現役時代、たぶん1点も取られてないんでしょう。あのおじさんに『配球が悪い』と言われたので、『野村ノート』を買って、配球の極意を勉強した。それがキューバにも通用しましたよ。お礼を言いたい」
発言はすぐさまメディアを通じて、オープン戦を戦う野村監督のもとに伝わりました。
「あれが大先輩に向かっての言葉遣いか? 大先輩に『おっさん』はないだろう。許されないことだ」
正確には「おっさん」ではなく「おじさん」だったのですが…。
「日本代表の選手は品格、人格が一つの条件になる。ちょっと勘違いしているよ。こんなのとケンカする気はさらさらない。こっちが惨めだ」
海を越えた場外バトルはメディアを通じて盛り上がり、第2回WBCの盛り上げに大きく貢献。侍ジャパンも世界一に上り詰め、野球の魅力を日本国民が大きく再認識した年になりました。
知将・野村克也の全盛期とも言われるヤクルト監督時代、もし侍ジャパンがあったなら。宿敵・韓国戦後のぼやき、世界一に上り詰めた後の監督会見…。想像するだけでワクワクしてきます。どんな「野村語録」が生まれたのでしょうか。
奇しくも稲葉監督はノムさんの愛弟子です。「野村のDNA」が金メダルをもぎ取る瞬間を、心待ちにしたいものです。
※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]