「平成の大エース」斉藤雅樹さんに聞く指導者としての哲学、現役最高のピッチャーは?
ジャイアンツのエースとして、在籍19年で6度のリーグ制覇・3度の日本一に大きく貢献した「平成の大エース」斉藤雅樹さん。
個人タイトルでは、最多勝利を5回(日本記録)、最優秀防御率を3回、最多奪三振を1回、最高勝率を3回獲得。そして、MVPを1回、沢村賞を3回(日本記録)、最優秀投手を5回、ゴールデングラブを4回など、数え切れないほどの表彰も受けた。その上、11試合連続完投勝利や3年連続開幕戦完封などの日本記録も樹立した、記録にも記憶にも残る平成を代表する投手だ。
そんな偉大なピッチャーである斉藤さんが現役引退後に指導者として感じたこと、現役選手への提言を聞いた。
「正解かどうかわからない」「役に立っているかわからない」、コーチとしての苦悩
−−2001年に引退し、直後の2002年から指導者としての人生をスタートしました。
斉藤:指導者としての期間は現役生活の期間とほぼ同じくらいになりましたね。もう15年くらいかな?
−−2018年シーズン終了をもって、ジャイアンツのコーチを退任されました。久しぶりにユニフォームを脱いだお気持ちはいかがでしたか?
斉藤:気が楽というのはありますね。あれこれ考えなくていい。今年は35年ぶりくらいに春季キャンプにいかなかったので、暇でした(笑)。
−−現役の選手から引退してすぐに指導者になりましたが、戸惑いなどはありましたか?
斉藤:現役の時は自分のことだけで良かったのですが、指導者は大変でしたね。選手全員の特徴を把握しないといけなかったり、なかなか難しかったですね。
−−斉藤さんはエースとして活躍されてきたので、自分の感覚を選手に教えるというのは難しくなかったでしょうか?
斉藤:「なんでそんなことができないの?」というようなことは思ったことないですね。けれど、僕が言うことがその選手にとっていいことなのかどうか、というのは正直わからないことがありました。だから選手には「こうした方がいいと思うよ。ただ、それが正解かどうかわわからないよ」と伝えていました。逃げていると思われるかもしれないですけど、それがその選手にとって100パーセント合っているのかはわからないじゃないですか。「こういう手段でやってみてどう?」と問いかけて、それでいけると思ったら続ければいいと思うし、ダメだと思ったらこちらも違うアプローチをする、というやり方でやってきました。でも、僕がサイドスローに転向したように、なかなか大掛かりに変えるというのは難しい。根本から投げ方を変えた選手はいなかったですね。
−−斉藤さんが選手の時は当時の藤田監督のアドバイスでサイドスローに転向し、それが転機となりました。
斉藤:確かに僕は藤田監督がきっかけで覚醒しましたね。サイドスローは代名詞になりました。でも思い返してみると、選手の時にコーチ陣にいろいろとアドバイスをもらいましたけど、それで何か変わったかと言われると、あまりないですね。あまりコーチの話を聞いていなかったかのかもしれない(笑)。僕の場合は実際に自分でやってみて、上手くいったこともあるし、違うなと思った時もあるし、そんな感じでやってきていたなと思います。
−−誰かに言われたことを一度自分の中で咀嚼してやっていた感覚でしょうか?
斉藤:そうですね、そうやっていたのだと思いますね。コーチは選手に言うことがあっても、結局やるのは選手じゃないですか。だから自分としては、「こうした方がいいんじゃないかなー」というようなことは言いますけど、それが必ずしもその選手に合って良くなったかなんてわかりません。選手に「斉藤さんに言われて改善したら良くなりました」と言われることがあれば、アドバイスが合っていたんでしょうね。
−−コーチとして、どのようなことを意識して指導されていますか?
斉藤:コーチをずっとやっていましたけど、「自分で役に立っているのかな?」という、半信半疑なところは正直ありますね。でもそもそも、1軍のピッチングコーチって、シーズン中に「ここをこうだ」というようなコーチングはあまりできないんですよ。試合ばかりなので。だから一軍の場合はコーチングというよりも、いかにいいコンディションで、良い精神状態でマウンドにあげられるか、というのを僕は重視していました。
−−2016年には二軍監督としてイースタン・リーグの優勝を達成していますが、二軍の指導者としてはどうですか?
斉藤:僕はルーキーの選手に過剰にアドバイスしたり、矯正したりするのに反対なんですよね。プロに入ってくる実力があったから入ってきているので、まずそれを見せてくれと思っていて。実際に入団してきてすぐの選手で、「え、大丈夫?」というような投げ方をしていた選手もいましたが、ブルペンで球を見ると、速くて速くて。その時に「なんでもかんでも基本通りにすればいいというものじゃない」と思いました。やっぱりそれまで積み上げてきたものがあるわけだから、それで実際勝負させてみる。それで結果が出なかったら、本人も多分「あれ、上手くいかない」と思って初めて聞く耳を持つというか、僕たちのアドバイスを素直に聞けたりするのかな、と思いますね。だから、なんでもかんでも基本系みたいな形にするというよりも「この子のいいところはどこなのか、何がいいんだろう」っていうのをまず観察して。でも実際に投げてみて相変わらずコントロールが定まらないということだったら、「じゃぁ、こうした方がいいんじゃないかな」というところを見つけて、少しずつアドバイスをしていくようにはしていましたね、二軍の時は。