日本初のプロラクロス選手 誕生の裏話!?すべては、バスケ辞めたい、体力づくりから始まった

タグ: , 2019/6/18

バスケを辞めたくて、部のない大学へ進学

 「中・高学生の時、365日のうち360日はバスケットの練習をしていました。だから、『もう辞めたい!』と思って、バスケ部のない京都産業大学に進学したんです。でも…情熱を注ぐものがない、何にもない生活は、半年ももたなかった(笑)。

同じ頃、出身地、滋賀県のバスケットボール代表選手として国体に呼ばれていたので、体力づくりのために、練習を始めたんです。チーム練習は夜だけだったので、朝できることはないかなぁ?と考えていたんです。その時、たまたま友達がラクロスをしていて、『よく走るし、体力つけるには良いよ!』て。

最初は体力づくりが目的で、入部しないで練習に参加していたんです。でも、どんどん楽しくなって、国体が終わってから、正式にラクロス部へ入りました。」

 日本初のプロラクロス選手 山田幸代さん。ラクロスとの出会いは、少し意外なカタチだった。

大学1年生の時にラクロスを始め、15年以上も世界で活躍し続けている。現在は、現役選手としてプレーしながら、コーチ・指導者としても活動。さらに、ラクロスの普及を目的とした、子供向けのイベントなども企画・実施するなど、さまざまな顔を持っている。

競技を始めて2ヶ月で、年代別の日本代表へ


 本格的にラクロスを始めたのは、大学1年生の10月。

同じ年の12月には年代別の代表に、その後すぐにU-20代表、さらにA代表にも選出された。

 「確かに、ラクロスを始めたのは遅かったです。でも当時は、まだまだ知られていない競技で、高校にも部活は全然なかったので、大学生からみんな『よーいドン』という感じ。人の倍、練習すれば追いつけると思いました。だから、とにかく練習しましたね。」

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高橋由伸が生きる第二の人生 「巨人しか知らなかった」エリート街道の殻を破る(https://cocokara-next.com/athlete_celeb/yoshinobutakahashi-second-life-1/)

『ファッショナブルで可愛い』だけではないラクロスの魅力

 「スティックを持っていて、ファッショナブルですし、可愛いっていうイメージがあるかもしれませんが、ラクロスは『フィールド最速の格闘技』と言われるぐらい、スピーディーで、ハードなんです。

競技としてだけでなく、私にとっては、『カタチがない』というのも魅力のひとつで、例えば、チームメイト、コーチ、練習場なども自分たちで探さなきゃいけない、キャリアも自分で切り開くしかない。大変でしたけど、このカタチをつくるというのが、凄く面白く、楽しく感じたんですよね。」

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