ソフトB・松田「熱男」の原点、亜大野球部の強さの秘密を語る

タグ: , 2019/2/8

——他にも独特な練習方法などはありましたか?
「『やりがい』というトレーニングがありました。二人一組でする、手押し車のトレーニングなのですが、やる甲斐があるから『やりがい』と呼ばれていました(笑)。一年生の時に、木佐貫さん、小山さんと一緒に大学日本代表に選ばれたのですが、当時の亜細亜大野球部の生田コーチに『代表の合宿に行っても毎日欠かさずとトレーニングをしなさい』と言われて。僕ら三人と、それに興味を持った日大の村田修一さんとかも一緒になって、ジャパンの合宿先でも亜細亜のトレーニングをやっていましたね。今でもオフにOBで集まって練習をする時には『やりがい』をやったりしますね。」

——寮での生活はどうでしたか?
「寮では一年生から四年生まで各学年一人ずつ四人部屋で、消灯時間は22時半でした。高校生の時より野球に打ち込めたし、人生で一番多感な時期に濃密な時間を過ごせて、仲間との絆はより深まりましたね。」

——野球以外の思い出があれば教えてください。
「基本的に練習と学校の授業の往復でしたね。東京僕は坊主頭で普通に授業に出ていて、一般学生の友達もたくさんできました。大学に行かなければ出会うことのなかったような友達にも出会いましたね。」

——亜細亜大学の四年間で得たものは大きいですか?
「よく、亜細亜の野球部は厳しいと言われますが、僕は厳しいって思ったことはないですね。人間的に成長させてもらいました。あの4年間が、今を作っている、頑張らせてくれていると思っています。いい時も悪い時もありましたが、チャレンジできる精神力を作ってくれたと感謝しています。4年間、アツい気持ちを持ってやってくることができました。」

——最後に、大学野球について。
「プロにいくなら一年でも早く足を踏み入れるに越したことはないですけど、僕は大学で4年間野球をやってよかったと思っています。同級生やOBのつながりなど、今でも生きています。毎年オフに亜細亜出身のプロ野球選手で集まって大学のグランドで練習をしているのですが、そこで後輩たちに何か感じ取ってもらえれば、少しでも大学に恩返しができているのかなと思っています。毎年のように亜細亜出身のプロ野球選手が出てくるのは、先輩たちから受け継いだそういった伝統があるからだと思います。プロにいかないとしても、大学で得たことを次のステップに生かせるはずです。だからこそ、もっと大学スポーツに注目してもらいたいですね。高校野球はあんなに盛り上がるのに。野球に限らず、もっと大学スポーツが盛り上がるように、メディアにももっと取り上げて欲しいですね。」

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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