「ベイスターズに勝てた。個人的には嬉しい」――原点の地・横須賀に戻った元DeNA戦士 戦力外を経験した寡黙な職人の“現在地”
慣れ親しんだ横須賀のグラウンドに戻ってきた倉本(C)萩原孝弘
「育ててもらった場所」への感謝を力に変えて
かつて縦縞のユニフォームに袖を通した倉本寿彦は、茅ヶ崎出身で、幼少期から生粋のベイスターズファンだった。とりわけ石井琢朗(現読売ジャイアンツ二軍監督)に憧れた少年は、2014年のドラフトでプロ入りを果たすと、そのレジェンドが背負った5番とショートのポジションを引き継いだ。
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横浜高校、そして横浜ベイスターズと、常に“横浜”という看板を背負った男は、今もなお5番を背負うが、ユニフォームはハヤテベンチャーズのそれに変わった。
2026年5月、初夏の陽気に包まれた横須賀スタジアム。ファームリーグにのみ参戦している球団で戦う倉本にとって、ここは単なる遠征先ではない。プロ野球選手としての産声を上げ、歓喜も苦悩も味わった特別な場所である。
久々の横須賀、そして古巣・ベイスターズとの対戦。プレーはいつも通り落ち着いていた。ただ胸の内は少しだけ昂ぶっていた。
久しぶりに足を踏み入れた横須賀のグラウンド。ふと目をやったスタンドにはベイスターズ時代のユニフォームやタオルも数多く掲げられていた。
「力が入りましたね。ちょっと、力みました。ちょっとですけれども、やりにくさもありました」
そう苦笑いを見せる倉本。しかし、その“力み”は決してネガティブなものではない。彼は、こうも言葉を継いだ。
「原点というか、育ててもらった。ここでプロ野球生活がスタートしたんで。そこは、ここに来て、感謝してプレーできるのでいいかなと思いました」
偶然にもこの日、かつての戦友である筒香嘉智とも顔を合わせた。横浜高校、そしてベイスターズの系譜を継ぐ二人。まさかのタイミングでの再会に「いい時間だったかな」と顔をほころばせる一幕もあった。さらに周囲を見渡せば、相手チームのベンチにも、裏方スタッフにも、かつての仲間や横浜高校時代の縁がある人々が溢れていた。
「久しぶりで楽しかったですけど、なんか試合中に笑ったりするのも良くないのかなと思いましたね」
冗談めかしながらも、ひとたびグラウンドに立てば、真剣勝負。連敗を喫していたハヤテは、3戦目は逃げ切り勝ち。ベイスターズから掴み取った一勝は、倉本にとっても、チームにとっても、格別の意味を持っていた。
「常に毎試合勝ちたいですし、勝つためにプレーしています。ただベイスターズに勝てたっていうのも、個人的にはすごい嬉しいんです。いい時間になったかなとは思います」







