「グレイシー一族に恨まれ続けた」元PRIDE戦士のコロナ禍で前進するためのポジティブ対談 『歩いていれば景色が変わり、そこに希望が見えてくる』

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不安を感じるときは2割の人とだけ話せばいい

大山 周りにたくさんポジティブな人がいるのも小さい頃からなのでしょうか?

西島 それに関しては、どちらかというと、いつも一人でいるほうだったかもしれません。
ただ、それも寂しいというものではなくて、本当に多くの人とつるまなかっただけなんです。小学校の時に遠足に行っても一人でお弁当を食べているみたいな感じでしたが、周りをよく見ると何人か同じような人はいるんですね。そんな人達と仲良くなる傾向にあったように思います。

大山 根本が強いんですかね。僕なんかはすぐに頼りたくなったり、依存したくなったりしがちですが、不安を感じることはないでしょうか?

西島 それはありますよ。あまりにも僕の考えと真逆の考えの人に意見をぶつけられると不安になります。根本的に考え方が違うというか、そんな人たちに意見をぶつけられると、「なんでわかってくれないのか?」「どうして?」と不安になるみたいな感じでしょうか……。それは何年か前まですごくありました。でも、その考えを捨てたんです。

大山 「考えを捨てる」とはどういうことでしょうか?

西島 ダンサーは35歳ぐらいがピークとよく言われます。僕は、その頃から舞台を企画することもやりながら、自分も出演するということが増えていきました。
企画という部分から、ビジネス関係の方々と関わることも増えて、時々意見が合わないこともありました。
多くの人が関わる舞台は、出演者も、演出家も、スポンサーも、それぞれ同じ方向を向いていかなければならないところがあって、それが少しでも違う方向にずれてしまうと、なかなか良い舞台が作れないんですね。

大山 それでどうしたんですか?

西島 そこで、最終的に思ったのは、例えば、10人の会話の中で、10人ともが同じ考えになるのは難しいけれど、おおよそ2割の人(2人)は波長のあう人がきっといる。その2人とじっくり話したいと考えたんです。

大山 なるほど。僕も時々みんなに好かれようと思ってしまうことがあるんですが、そんなことは実際にありえないですものね。

西島 8割は合わないけれど、2割は波長の合う人がいる。その人と話そうと思えば気持ちが随分楽になりますし、前に進むことができます。
自分と違う意見を聞きすぎてしまうと傷つくのは、結局は自分ですから。

大山 その考え方は大事ですね。「周りの人に合わせすぎてしまうのが日本人」みたいなところがあって、このコロナ禍ではそれで疲れている人もきっと多いと思います。でも、自分と考えの合う2割の人と話をすればいいと思えれば心は随分楽になると思います。





その場からいったん離れることも大事

西島 困難な状況やどうにもならないと思うようなことに直面した時には、あまり受け止めすぎないこと。また、「やばい、やばい、どうしよう」と思ってしまったら、いったん考えることをやめて、その問題から離れることも大事なことだと思っています。

大山 渦中にいると何も見えないものが、離れることで俯瞰して見られるようになりますよね。僕は網膜剥離や右腕を折られたりなどケガが多くて、必然的に格闘技から離されてしまうこと多かったのですが、その離れた時期に格闘技以外の世界の人と話したり、繋がれたりして学ぶこと多かったので、今思えばそれが自分にとって「いい時期」だったと思っています。

西島 実は僕もケガが、自分を見直す大きな転機になっているんです。
もともと僕はケガをしないタイプでしたが、16年前ぐらい前に本番中に舞台の上で、膝の後十字靭帯を損傷したことがありました。
それは、寺山修司原作の舞台だったのですが、舞台上にうっすらと水を張ったプールを作って、そこで演技をするものでした。その舞台が始まったばかりの2日目に、水で足を滑らせてケガをしてしまったんです。

大山 僕も17歳の時に後十字靭帯の断裂をやったことがあるのですが、後十字靭帯を痛めると動けないですよね。

西島 僕の場合は損傷だったので、何とかギプスで固めて、その後の20回位ある残りの公演をやり切りました。

大山 でもそれって後遺症が残るような、ダンサー人生にもかかわってくる決断ですよね。

西島 そうですね。実際にその後はいろんな意味で大変でした。その時はバレエ団のプリンシパルをつめていたり、エンターテインメントの舞台もあり、それにテレビドラマの仕事みたいな感じで結構忙しく働かせていただいていました。
そこにきてこのケガで、膝の調子も悪いのでいったんダンスをお休みしようかとなったんです。その時にダンサーをやめて俳優に専念するという道もありました。しかし、僕自身はやはりダンサーとしての表現者であり、俳優をやりたいわけじゃなかった。といっても、ダンサーとしても膝が思うように動かない状態だったので、「一回フラットにしよう」と思ったんです。
そして、バレエ団も芸能事務所も辞めて、いったん一人になってみることを選びました。

大山 それもすごい決断ですね。

西島 でもそうすることで、少しずつリハビリをする時間もできて、舞台も自分の体の調子とバランスを取りながら冷静に向き合えるようになっていきました。そうして徐々に階段を上がるように仕事を始めていくと、それまでより自分のできることが広がり、もっとスケールの大きな仕事が入ってくるようになったんです。
つまり、いったんフラットになって(今いる場所から離れることで)、新しい自分を見つけられたんですね。

大山 そう考えると離れる判断って本当に大切ですね。

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