巨人で苦手だったバッターは・・・」巨人キラーで知られた川崎氏が語る【橋上秀樹氏×川崎憲次郎氏対談】

タグ: , , , 2022/6/14

 川崎憲次郎氏は1988年に、ドラフト1位でヤクルトスワローズに入団。年間200イニングを超える働きで、チームの柱として活躍。巨人戦には滅法強く「巨人キラー」の異名を持ち、通算88勝のうち29勝を巨人戦から挙げた。93年には日本シリーズMVP。98年には17勝し、最多勝を獲得。その年、沢村賞に輝いている。今回は同じくヤクルトで活躍し、引退後は楽天、巨人、西武、ヤクルト、さらには侍ジャパンで戦略コーチを務めたBCリーグ新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督の橋上秀樹氏が自身のYouTubeチャンネル「橋上秀樹アナライズTV」で語り合った。

【動画】川崎憲次郎氏が語る、今だから話せる巨人に強かった理由!シュートピッチャーの攻略は簡単?

 巨人キラーと呼ばれた理由として、川崎氏は「当時は(巨人に)左バッターが多く、スプリットが物凄く有効だった」と話している。後にシュートが注目を集めるが、当時の川崎氏の持ち球は直球、カーブ、スライダー、スプリットだったという。

 右ピッチャーと左バッターの相性については橋上氏も

「右ピッチャーの真っすぐではなく逃げて落ちる球は走り打ちをしている左バッターにとって打ちにくいんだよ」「左バッターは打とうとしている方向と走り出す方向が違うため体重移動の関係で強く押し出せない」とバッター目線で詳細に解説している。

 そんな巨人キラーの川崎氏にも巨人で苦手なバッターがいた。

「バントの神様」で知られる川相昌弘氏である。





 ピッチャー目線で川崎氏はバッターについて「怖いバッターと嫌なバッターがいる」としながら、「怖いバッター」とは一発があるバッター、「嫌なバッター」とは空振りしない、粘るバッターであり、川相氏は後者だったという。

「アスリート/セレブ」新着記事

CoCoKARA SPORTS

CoCoKARA next オンラインショッピング

PICK UP 【攝津正野球イベント開催!】元沢村賞投手『攝津正』とYouTuber『Bモレル』が全力でファンと交流!野球観戦バー「サークルチェンジ」と「CoCoKARAnextオンライン野球居酒屋」が共同でリアル&オンライン野球イベントを開催!

野球観戦バー「サークルチェンジ」で元沢村賞投手の攝津正さんと人気YouTuber「Bモレル」さんがファンの方とお酒を飲みながらロッテvsソフトバンク戦をその場で解説しながら楽しく観戦! 飲み放題付きチケットだからとってもお得!2人と一緒にお酒を飲みながら大いに盛りがろう! お店に来れない人のためにこちらの模様をZOOMでも生配信!お店で一緒に観てる感覚がお家でも味わえる! またオンラインで参加の方限定で直接会話ができて二人のサインももらえるチケットも販売中! (こちらはオンラインでの参加の方のみとなります!)

商品を見る CoCoKARAnext
オンラインショップ

おすすめコラム

人気タグ一覧