三嶋一輝の「真っ直ぐ」な生き様が残した“財産” 難病も乗り越えた13年間の軌跡と仲間たちの証言「あれだけ尊敬できる人は珍しい」【DeNA】
セレモニーでのラストピッチを終えた三嶋。その姿には万雷の拍手が集まった(C)萩原孝弘
後輩の孤独に寄り添う「さりげない気遣い」
2012年にDeNA体制となって初のドラフトで入団し、13年間に渡ってチームを支えてきた三嶋一輝。彼が14日に満員に膨れ上がった横浜スタジアムで、“ラストマウンド”に立った。
打者となった宮﨑敏郎に対して投げ込んだ一球は大きく外れた。しかし、最後まで腕を振り切る姿は、三嶋そのものだった。
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大歓声の中のセレモニーを終え、「試合とはまた違う、自分だけの特別な時間になりました」と感謝を口にした三嶋は「マウンドに立つ時は、『そのためにいろいろな人が、いろいろな思いで動いてくれて、その上で立てているんだよ』という言葉を思い出しました」と、自身が「師」と慕う三浦大輔元監督の残像も脳裏に蘇ったという。
その13年は「波乱万丈」の一言では表現できない。マウンド上での戦い、そして難病との闘いは、単なる個人の記録に留まらず、チームメイトの心に深く響き、彼らの血肉となった。
三嶋という男は、常に周囲に目を配っていた。それも、スポットライトが当たる場所だけではない。今季に貴重なリリーバーとして一軍に帯同し続けている橋本達弥は、自身が苦しんでいた時期に寄り添ってくれた姿を忘れない。
「僕が日の目を浴びていないときから、ずっと行動の部分を評価していただいた。それはすごくありがたかったです。僕はすごく真っ直ぐにしかできないタイプなんで、そこの部分を三嶋さんが『いまはそれじゃないよ』とか、バランスを整えてくれた。僕の中では大きな3年間でした」
もがいていた時期だからこそ、三嶋の何気ない気遣いに救われてきた。
宮城滝太も同様だ。実際に受けたアドバイスだけではなく、三嶋がブルペン陣全体に目を光らせていたことを証言する。
「2023年に三嶋さんがファームで調整している時に、『キャッチボールしよう』っていって頂いて。僕でいいんですかって感じだったんです。そのキャッチボールで『ここを意識したほうが、もっといい球を投げれるよ』と言って頂きました」
「本当にめっちゃ周りを見ているんです。喋ってくれることもあるのですが、どちらかというと自分で動いて、背中で見せるタイプでしたね。めっちゃくちゃ練習している三嶋さんの姿を見て、いろいろな選手が影響を受けていますよ」
また、三嶋の登場曲を引き継ぎ、背番号17も受け継いだ中川虎大は特別な思いを口にする。
「三嶋さんとは可動域の広さが似ているという話をしていただいてから、トレーニングや治療院とかいろいろ教えてもらって。それが見事に僕に合うんですよ。そこから投げ方も教わり、だんだん良くなっていきました」







