阪神史上初の連覇は佐藤輝明をなくしてなかった “ミスタータイガース超え”にも迫る大砲が「理想の4番像」を体現し続けた1年
最後の最後までブレることなく打ち続けた佐藤(C)産経新聞社
猛虎が歴史の扉をこじ開けた。
10月3日、藤川球児監督が率いる阪神は、1950年の2リーグ分立後では8度目のリーグ優勝を果たした。優勝マジックを「1」としていたこの日は、敵地で広島に4-6で競り負けたものの、2位の巨人もDeNAに2-5で敗れたため、球団史上初の連覇が決まった。
さまざまなアクシデントもあった。中継ぎエースの石井が2月の春季キャンプで左アキレス腱を断裂すれば、4月26日の広島戦で近本光司が死球を受けて左手首を骨折。攻守のキーマンが中長期の離脱を余儀なくされた。実際、交流戦終了時点では、貯金5ながら首位に立っていた巨人の後塵を拝する形で2位と遅れを取っていた。
それでも“熱覇”をスローガンに掲げ、「連覇」を命題としていたナインは最終的に首位でペナントレースを走り切った。昨年から続く凡事徹底を貫いた猛虎軍団において、ヒーローは数多に存在する。だが、やはり最も印象深いのは、4番として攻撃に安定感を与え続けた佐藤輝明だろう。
昨年のセ・リーグMVPとなったスラッガーは、今季も開幕から安定したパフォーマンスを披露。7発をマークした4月から本塁打を量産。月間打率.229と落ち込んだ7月にややペースダウンしたものの、8月からふたたびギアを上げ、ハイスタッツを叩き出した。
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