サッカー・高木三兄弟、父・豊氏と初の親子4人対談 ~高木家の人材育成〜

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 意外にも4人で取材を受けるのは初めてだという高木家。自身は元プロ野球選手なのに3人の息子さんをプロのサッカー選手に育て上げた豊氏の子育て論。失敗や後悔もあると言います。

 父・豊氏は性格もタイプも違う3人にどう接してきたのか。父親として、プロの先輩としてのアドバイス。小さい頃のエピソードや父から見た兄弟、兄弟それぞれが思ってきたことなどを語って頂きました。

豊「長男は苦労したと思う」


――3人それぞれ、進路を決めた時のことについて聞かせてください。

 長男は兄弟の道しるべ。でも、親が分からないから(笑)。俺と同じ野球界に進むなら分かるよ。でもサッカー界は親が全く分からないから、俊幸はそういう面で苦労したと思う。それは親として失敗したなと。進路についても、受験させたほうがいいのか、高校サッカーに行かせたほうがいいのか、それともユースのほうがいいのか・・・。(選択肢が)いろいろあって分からなかった。

善朗 僕はその点、楽でした。兄が進路で悩んでるのを見ていて、自分がそうなる1年前には「俺はああしよう」と逆算して決められたので。

 3人それぞれにいろんな選択肢を与えながら相談にのってきた。俊幸の時は大学サッカーも見に行ったしな。「サッカーをやめるんだったら、役者にもなってみたいな」と言ったこともある。

俊幸 言ったっけ、そんなこと(笑)。

 でも、そうやって、いろいろな選択肢の中から自分で決めさせてきた。

豊「大輔がもし野球をやっていたら・・・」

――高校生までに言われた言葉で印象に残っているのは?

大輔 僕はキャプテンをやらせてもらうことが多くて、「お前はチームを助ける言葉が出せるから、その声はこれからもずっと出し続けろ」と言われたことは心に残っています。キャプテンなのでプレーで引っ張っていくのはもちろんなんですけれど、僕が自信がなかった時に「声を出すことでチームを助けろ」と言われたのは、けっこう印象に残っていますね。

善朗 「野球やれよ!」じゃないの?

大輔 それは今でもボソッと言われることがある(笑)。

 お前は今ごろ(野球をしていたら)兄貴たちにおごっていると思う。その自信はあったよ。

大輔 もっと強く言ってくれていたら、(野球を)やっていたかもしれない(笑)。

豊&善 やってない、やってない(笑)。

 お前はサッカーしか頭になかったけれど、すごくいい野球選手になったと思う。今ごろ、どこかの球団のショートかセカンドをやっていたと思う。俺より多分うまい。コイツすごいな、と思ったくらい手首の柔らかさが抜群だった。

大輔 もっと野球に連れ出してくれたらよかったのに(笑)。

――野球をやれ、と無理強いはしなかったんですね。

 中途半端になるのが一番嫌だからね。当時、すでにサッカーの方でも結果が出ていたからね。

性格やタイプが全く違う3兄弟

――性格は3人とも違いますか?

 タイプが違うよね。

善朗 でも一番怒られていたよね、トシ(俊幸)が。

俊幸 いやあ、何でだろう……(苦笑)。

 バカなことをするのよ、こいつが(笑)。今でこそ落ち着いているけれど、たとえば今まで黒髪だったのに、突然、髪の毛を金髪にしてくるとか。

――俊幸さんはしっかりしているように見えますが。

善朗 いやいや、見た目だけです(笑)。

 俊幸は「金は使わなきゃいけない」という感覚だから。それは俺に似ているかもしれないけれど、“銭形平次”になっている。もう、銭を投げてしまって(笑)。

全員 (笑)。

――そんなお兄さんを見てどうですか?

善朗 僕は貯金型なので。

 こいつは堅実だよ。面白いのが、小さいころ出掛けた時に、長男は何か持って帰らないと気が済まないけれど、次男は自分が気に入った物しかいらない。三男は・・・。

俊幸&善朗 何でも買ってもらってた!

大輔 三男だから2人を見て、「これは買ってもらえるだろう」というものを選んでいました。

 (間髪入れず)いや、お前は「いけるだろ」というふうになる前に買ってもらっていたよ(笑)。

――弟だけズルい、という気持ちはありましたか?

善朗 甘やかされているのは分かっていたので、そこで「俺たちも」とはならなかったですね。兄と話すのは「あれって禁止と言っていたよね?」くらいで。

サッカー観が全くかみ合わない3兄弟

――兄弟でサッカーの話はしますか?

善朗 しないです。かみ合わないので。

 昔からかみ合わない! チームで兄弟だから気が合うだろうと思われがちだけれど、善朗は空いているスペースを見つけたいタイプ。俊幸は自分の足元でしかもらわないタイプだから。善朗はずっとボールを持って、兄貴がスペースに走り出してくれるのを待っているんだけれど、(兄が)走って来ない。

全員 (笑)。

 「何で善朗は兄貴に出さないの?」と聞いたら、「兄貴は足元しか取ってくれない」って。結局、他のチームメートにパスを出してしまう。スペースがなくて困った時にしか、兄貴に出さない。

――全然プレースタイルが違うんですね。

 全然違う。考え方も違う。この前の浦和の試合でもあったけれど、「あそこはスペースがいっぱいあるから、あそこに走り込んだらパスを出してくれるのに」と思う場面があったんだけれど、それでも俊幸は足元に来るのを待つ。

大輔「父が試合を観に来た日は・・・」

――話は変わりますが、自宅に「父親部屋」があると聞きました。

大輔 そうですよ、ボスの部屋みたいな。家の一番奥にあって、部屋に入ると、社長のいすみたいなのに座っているんですよ(笑)。

善朗 だいたい、その部屋に入って怒られる。

大輔 試合を見に来た日は父が先に帰っているので、家に帰った時の表情を見て「今日は怒られるな」とか、いろいろ察していました。どのテンションで「ただいま」と言おうかなと(笑)。だから試合の時に、よく父を見ていましたね。たぶん監督より見ていた(笑)。

 知ってるよ。キョロキョロとこっちを見ていた(笑)。

大輔 実はあまり試合を見に来てほしくなかったです(笑)。やっぱり野球とサッカーは違うので、当時はプレーのことを言われても、イラっとしかしなかったので。言われていることが正しいのは分かっていても、どうしても素直になり切れなかったですね。だから「今日来る?」と聞いていました。でもその分、毎試合緊張感を持ってプレーできていましたね。怒られたくなかったので(笑)。

善朗 そうなんだ、俺は全くない。「あ、来ていたんだ」くらい。

俊幸 僕も(父が試合に)来るかどうかは気にしていましたね。当日まで来るか来ないか分からなくて、試合中に来た時には一気に緊張感が・・・(笑)。

大輔 分かる!(笑)

 そうか・・・。そんなに嫌がられていたんだ。

大輔 今は全くそんなことはないです!(笑)

――子育てをしている方々にアドバイスはありますか?

 アドバイスというか、ひとつ失敗したなと思うことは、子供たちに嫌なことをあまりさせてこなかったこと。

――例えば勉強とか?

 そう。嫌なことをすることで苦しむことを経験させておけばよかったな、とは思う。でも嫌なことに時間を割いていたら、(サッカーに時間が割けず)もしかしたらプロにはなれていなかったかもしれない。正直、正解は分からないけれど。

 でも、嫌なことから手助けをして横道に逃がしてしまったということには悔いが残っています。サッカーでもプレーを見ていると、この3人には多少(手を)抜く癖がある(笑)。もちろん抜くところは抜かないと、1試合持たないんだけどね。

(文中敬称略)

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※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

〔文/構成:ココカラネクスト編集部 〕

高木 豊【父】(たかぎ・ゆたか)

元プロ野球選手
1980年ドラフト3位で横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。
現役時代は【スーパーカートリオ】の愛称で親しまれた。引退後、アテネ五輪では、代表チームの守備走塁コーチを務める。現在は野球解説者として各メディアや講演等で活躍中。
ご子息3人全員をJリーガーに育てた事でも有名。

高木 俊幸【長男】(たかぎ・としゆき)

浦和レッズ FW
1991年5月25日生まれ。
年長からあざみ野FCに所属、小学校入学時に一度退団。その後、東京ヴェルディ1969のジュニアユースに加入。2010年からは正式にプロ契約を果たす。2011年からは清水エスパルスに移籍。2015年から浦和レッズに所属。一児の父。

高木 善朗【次男】(たかぎ・よしあき)

東京ヴェルディ MF/FW
1992年12月9日生まれ。
2005年東京ヴェルディジュニアユースに加入。プロ昇格後は2009~2011年に東京ヴェルディ。2011年6月~2013年はオランダ・FCユトレヒトでプレー。その後、2016年まで兄の所属する清水エスパルスへ。2015年からは古巣東京ヴェルディに4年ぶりに復帰(レンタル移籍含む)。二児の父。

高木 大輔【三男】(たかぎ・だいすけ)

東京ヴェルディ FW
1995年10月14日生まれ。三男。
あざみ野FCでサッカーをはじめ、東京ヴェルディ1969ジュニアに入団。中学3年時には天皇杯でトップチームの試合に最年少の14歳でベンチ入り。2011年U-17日本代表としてFIFA U-17ワールドカップに出場。2013年からは東京Vトップチームに昇格してプロ契約を結んだ。2018年2月から両親の生まれ故郷である山口のJ2レノファ山口FCへ期限付き移籍。

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