完全にクジ運に見放された阪神と“運命”で結ばれたドラ1左腕 「信頼される投手になりたい」と願った13年間【虎とドラフト】
同期入団の梅野とのバッテリーは虎党からも愛された。そのキャリアで日本一にも貢献した岩貞の姿は、今もリスペクトを集めている(C)CoCoKARAnext
「一日、一日、何かしら前進していきたい気持ちです」
その後、岩貞は言葉通りに弟子入り。プロ2年間で思うような結果を残せず、その年のオフに合同自主トレも志願した。16年1月に沖縄での自主トレに初参加。投球フォームの修正やチェンジアップの習得と躍進のきっかけをもらった。3年目の16年に金本知憲監督に能力を高く評価されてキャリア初の開幕ローテーション入りを果たすと、勢いそのままに初のシーズン10勝をマークしてブレーク。実は「2ケタ勝利」もドラフト当日に先発としての目標の一つに挙げていた。
能見への弟子入り、先発での2ケタ勝利……。そして、3つ目の目標はポジション問わずチームに貢献すること。13年前は「先発、中継ぎ、どの立場でも対応して信頼される投手になりたい」と意気込んでいた。志を持った青年の瑞々しい目標でもあったが、これは結果的に岩貞のプロ野球選手としてのキャリアを示すような言葉にもなった。
入団以来、先発要員として腕を振ってきたが、20年途中にブルペンに配置転換。翌年から本格的に救援としてシーズンを過ごしていくことになった。22年には自己最多となる53試合に登板し、23年も2年連続で50試合登板をクリアし、チームの18年ぶりとなるリーグ優勝に貢献した。
今季の岩貞は1軍では4月21日に行われたベイスターズ戦、そして10月6日、自身ラストマウンドとなった広島戦の2登板のみ。開幕からファーム暮らしが続き、故障での離脱もあった。苦しい最終年であったのは間違いない。だが、本人の言葉には活力があった。
「(前半戦は)なかなかチームの力になれなかった。そういうもどかしさもありながら……。ただつかみつつある手応えもあるので、ファームで自分自身の成績、練習態度も含めて一日、一日、何かしら前進していきたい気持ちですね。ファームで投げるこの1試合、この1アウトっていうのは1軍で奪う1アウトと変わらない。そういう思いでやっている」
13年前、まだ初々しかった表情や言葉には“年輪”とも言える強さや重みのようなものが感じられた。
[取材・文:遠藤礼]
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