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「オチアイは打ち方を知っていた」懐かしの阪神助っ人が語った“日本野球” 米番組で振り返った日本人選手の進化「基礎のこだわりがエグい。規律が全て」

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日本で1年ながら凄まじい成績を残したフィルダー氏(C)産経新聞社

 懐かしの助っ人が異国での“野球”を振り返った。

 現地時間7月28日に米野球専門ポッドキャスト番組「ALL THE SMOKE BASEBALL」に、元阪神のセシル・フィルダー氏が出演。1989年に在籍した日本時代を振り返り、当時の好打者たちの思い出を語った。

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 わずか1年。決して在籍期間は長くはない。それでも188センチ、101キロの巨漢から「荒熊」の異名を授かった名助っ人が残したインパクトは凄まじかった。あの“神様”ランディ・バースの背番号44を託された当時25歳のフィルダー氏は、春先から徐々にペースを上げ、本塁打を量産。夏場までリーグ二冠王を争った。

 しかし、9月14日の巨人戦で空振り三振をした際に苛立ち、叩きつけて跳ね返ったバットのグリップエンド部分が右手に直撃。第5中手骨骨折するアクシデントに見舞われ、ペースダウン。それでも最終的に打率.302、38本塁打、81打点、OPS1.031というハイアベレージを叩き出していた。

 阪神との契約延長交渉が実らずに帰国を決意した翌年、入団したデトロイトの“タイガース”でフィルダー氏は、いきなり51本塁打と132打点というすさまじい成績で打撃二冠を獲得。瞬く間にメジャーの一線級打者へと変貌を遂げ、阪神ファンだけでなく、日本の野球ファンにも衝撃を与えた。

 そんなフィルダー氏の脳裏には、今も日本で対峙したライバルたちの記憶が焼き付いている。番組MCを務めた元メジャーリーガーのクリス・ヤング氏から「日本からアメリカに来ても活躍できる選手がいるって、当時から分かってたかい?」と尋ねられ、「私は日本でノモ(野茂英雄)と当たったことがある。その時から『あいつはメジャーでも間違いなくやれる』って分かってた」と回想。そして、こうも続けた。

「あの頃から言っていたんだよ。日本の選手は基礎へのこだわりが一番エグいって。打つことにしても、バントするにしても、捕って、投げるにしても、だ。守備に関してはとにかくカチッとしてる。なんというか規律が全てだった」

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